<コップに半分の水>
2009年8月13日
質問:ここにコップに半分水が入っています。これをみてあなたはどう感じますか?
① コップにはまだ半分も水がある。
② コップにはもう半分しか水がない。
解説:②と答えたあなたはマイナス思考です。物事のプラスの面に目をやり、前向きに生きてゆきましょう。
私は広く行き渡ってしまったこの「常識」のために、たくさんの人が苦しんでいるのではないかと思っています。私は「もう水は半分しかない」と思うマイナス思考のタイプの人間です。そしてあなたがもし「うつ病」を病んでおられるのなら、私と同じ②を選んでしまう人、もしくは今はそういう状態なのでしょう。そしておそらく親鸞という方も②を選んでしまう人であり、それが故に「他力」に任せる生き方を選んだのだと思うのです。
私の解釈の「他力」の生き方とは「もう水は半分しかない」としか思えない自分を変えず、そのままの自分を「大いなるものに任せる」=「念仏する」ことなのです。
―中略―
報酬系の刺激は体にどのような影響を与えるのだろうか。非常にシンプルな言い方をすると、体の細胞の一個一個が活性化して、いわゆる元気な細胞になってゆく。細胞の中でも、もっとも元気になるのが、免疫系のNK(ナチュラルキラー)細胞だ。(プラス思考だけじゃダメなんだ! P30 サンマーク出版)<国立精神・神経センター心身症研究室長 川村則行 著>
つまりプラス思考がそのまま前述のメリットの原因になると考えるのは間違いであり、その人の性格や、置かれた状況によってはマイナス思考のままにしておくことの方が、報酬系の刺激となり、メリットを得られるというのです。
私のような医学については素人がこのようなことに言及してはいけないとは承知していますが、経験として「他力にまかせる」=「マイナス思考の自分のままで生きる事にした」ことで、私のうつ病が改善してきたことは、医学的にも検証されていくかもしれません。
又、私が本書を書くに当たり集めた資料のなかで、他力に任せることでうつ病が改善したことを経験された方がお二人見えました。
「そして、毎朝毎朝、仏壇に向かって「南無阿弥陀仏」を唱え続けました。最初は自分で自分が念仏を唱えているなと意識しながら唱えていました。しかし、アット気がついたときには念仏が念仏を念仏していました。そこには自分というものがなくなっておりました。そしたら、直っていたのです。」(歎異抄フォービギナーズ P98 現代書館) <遠藤 誠 著>
「入院してしまえば、あとはすべておまかせするしかありません。ある意味で「南無阿弥陀仏」の心境です。他力本願です。自分は何もしないで、ただ祈っているだけです。こう努力しなければならない、ああ努力しなければならないという自意識はすべてなくなりました。壁際まで追いつめられたとき、落ちるところまで落ちたとき、初めて至ることのできる境地とでもいうのでしょうか。すべての力を失うことで生まれてくる勇気というか、悟りというか、それまでとは質の違う力が、その頃、私自身も知らない間に少しずつ蓄えられていったのではないかと思います。」(やまない雨はない P160 文藝春秋)<倉嶋 厚 著>
だれにでも当てはまることかどうかはわかりませんが、確かに「他力」に任せることで、うつが改善することは「私ひとりの偶然」ではなさそうです。
カテゴリー:うつ病の私、歎異抄の救い | 順慶寺@4:25 AM











