第八章 私の意訳 私の解釈

2009年8月13日

第八章

 念仏は行者のために、非行・非善なり。わがはからひにて行ずるにあらざれば、非行といふ。わがはからいひにてつくる善にもあらざれば非善といふ。ひとへに他力にして、自力をはなれたるゆえに、行者のためには非行・非善なりと、云々。


私の意訳

 念仏は念仏者にとっては行でもなければ善でもない。念仏は自分のはからいで称えるものではないので、非行という。念仏は自分のはからいの中からおこる善でないので、非善という。ただ阿弥陀様のお計らいであり、自分の力ではないから、念仏者には行でもなければ善でもない。


私の解釈

 念仏は阿弥陀様のお計らいにより、称えさせていただく「絶対他力」のものです。ですから、いただいたご縁でさせていただく念仏は当然自分の「行」でもなければ、「善」でもないのです。

カテゴリー:うつ病の私、歎異抄の救い | 順慶寺@4:22 AM