第七章 私の意訳 私の解釈

2009年8月13日

第七章

 念仏者は無礙の一道なり。そのいはれいかんとならば、信心の行者には天神・地祗も敬服し、魔界・外道も障礙することなし。罪悪も業報を感ずることあたはず、諸善もをよぶことなきゆえに無礙の一道なりと、云々。


私の意訳

 念仏者はさまたげのない一筋の道を行きます。なぜなら、信心の行者には天の神、地の神も敬服し、悪魔も外道も妨害することはできません。自らの犯してしまった罪を思い悩むことはありません。また、自ら行った善行も念仏にはおよびません。念仏はさまたげのない一筋の道です。


私の解釈

 親鸞にとって念仏は地獄に落ちてもくいのないものです。そんな親鸞にとって天の神、地の神、悪魔、外道など恐れる理由などあるはずがないのです。

カテゴリー:うつ病の私、歎異抄の救い | 順慶寺@4:20 AM