現在の本願寺道路(国道230号線)を、札幌の平岸から南下していくと、簾舞(みすまい)
というところに、通行屋があり、本願寺道路が開通したころからの資料が展示されています。
そこから、さらに南下していくと、やがて、道は緑に覆われた山中に差しかかります。ここ
は、本願寺道路を敷設するに、大変な難所として有名なところですが、今は、自動車が安全に
曲がれる曲線(クロソイド曲線)の理論を駆使して作られた、最新鋭の道が出来ており、全く
快適に運転することができます。
230号のクルージングをすると、ほどなくして峠に到着します。ここが、中山峠(なかや
まとうげ)です。中山峠には、ドライブインなどがあり、多くの人で賑わっていますが、その
片隅に、ひっそりと銅像がたっています。近くに寄ってみると、衣に五条袈裟をつけた、「現
如上人(げんにょしょうにん)之像」であることが分かります。
中山峠に、現如上人の像があるのは、ここが道を敷設するのに難所であったこと、東本願寺
の当時の新門が陣頭にたって、ここの敷設に寄与したことによるものでしょう。
東本願寺は、江戸時代に、徳川幕府から大きなバックアップを受けていましたが、明治新政
府になって、旧幕府に近い存在として、とても窮地に追い込まれました。また、幕末の禁門の
変(1864年)では、江戸時代に4度目という火災にあっており、財政的にも非常に苦しかった
時期です。
こうした時期に、門主が筆頭となって、明治新政府に帰順する姿勢をとりました。それが、
列強からの防衛として急務であった、北海道の開拓とそれを促進させる道路の建設でした。